懐かシネマ劇場第8回 
花くらべ狸御殿
昭和24年 大映 白黒作品
監督/脚本木村恵吾  音楽:服部良一 特殊撮影:円谷英二
出演:水ノ江滝子、京マチ子、喜多川千鶴、柳家金語楼、暁テル子、杉狂児
水ノ江滝子さんと言えば、僕ら昭和30年代生まれの者にとっては、「底抜け脱線ゲーム」や「ゼスチャー」といったテレビ番組に出てたショートカットのおばさん、くらいしか認識はなかったのです。
でも、話として、昔は少女歌劇の男役スタアで「ターキー」の愛称で一世を風靡した大スターだったことは知っていました。

僕がこの映画のビデオソフトを購入したのは、「円谷英二」と「服部良一」という二つの名前に魅かれてのことだったのですが、円谷さんの特撮は期待はずれというか、合成で魔女が空を飛ぶシーンなどは二重露光の初歩的なものでした(ただしマット合成、作画合成で空間的な広がりを表現するのに成功し、ハリウッド映画に迫るくらいの?ゴージャス感を作品にもたらしています)。

一方、服部さんはまさに全盛時代.。この「花くらべ狸御殿」は、「青い山脈」「銀座カンカン娘」と同年の作品で、「青い〜」「銀座〜」以上に服部さんの本領が発揮された作品です。

監督の木村恵吾さんは、戦前・戦中にも宮城千賀子さん主演で「歌ふ狸御殿」などを作った、和製ミュージカルのパイオニアのひとり。
木村監督は昭和30年代に入ってからも若尾文子さんや市川雷蔵さん主演で”狸御殿もの”を撮り続けており、”タヌキ映画の大家”とも、”タヌキ映画の巨匠”とも言える人です。

もっとも、当時は「ミュージカル」とは呼ばずに「オペレッタ」と、呼ばれていたようですが、ミュージカルとオペレッタのちがいは何なのか?正直言うと勉強不足でちゃんとわかってません。

最近(平成17年),オダギリ・ジョー、チャン・ツィイー主演による”狸御殿映画”が40数年ぶりに作られましたが、タイトルを「オペレッタ狸御殿」としたのは、鈴木清順監督が若き日に見たタヌキ映画へのオマージュとして”愛”が感じられます。
 かつて日本映画の1ジャンルとして確実に存在した"狸オペレッタ映画"を作り続けた木村恵吾監督への、鈴木清順監督なりの尊敬の念があったにちがいないです。

狸御殿モノは多くが時代劇なんだけど、この「花くらべ〜」は珍しく洋風の狸御殿で、さしづめ、「ベルサイユの薔薇」か「リボンの騎士」のようなイメージです。

とはいえ、着物をアレンジしたような和風の衣装でターキーと京マチ子さんが踊ったり、一瞬だけどターキーが若武者姿になったりと、和洋入り乱れての無節操で無国籍な世界観、そのうえ、時代も現代(つまり昭和20年代当時)のキャバレーに、中世ヨーロッパのようなお城、時代も国も超越した、なんでもありの架空世界です。

狸御殿映画って、基本的に人間の世界ではなく、人間の姿を借りた狸の世界のお話なので、空想のおもむくまま、どんな設定でもOKなわけです。

実はこの映画、わが国の同性愛文化を語るうえで、とても興味深いものがあります。

この映画でのターキーは、男装の麗人(つまり女性)ではなく、美男の男性として登場するのですが、ターキーが本当は女性だということを知っている観客にしてみれば、画面からは不思議な倒錯感が滲み出てるのを感じるのです。

それは宝塚や松竹の少女歌劇のステージで女性が男性を演じるのとは少し違う感じなのです。
映画では、普通の男性と”女性が演じる男性”とが同じ空間で演技しているのと、メイクもステージ用に比べ、映画用のナチュラルなメイクなことが少女歌劇とはまたちがった感覚を生み出しています。

ターキー演じる美青年”黒太郎”が行くところ、狸の娘たちはみんな”彼”の魅力に夢中になってしまいます。
これはもう、女性が持っている恋愛感情のある部分が明確に確認できる現象です。
いや、女性というより、”少女”の本能かもしれません。
これは女性、特に日本女性の遺伝子の中に組み込まれているプログラムだと思います。

生々しい男の肉体を持たない甘い美青年は、少女にとっての”理想の男性”・・・・・

その感覚は僕のような「オッサン好きゲイ」の感覚と、ちょうど反対側の世界なだけに、かえって生理的な好き嫌いとは別の次元で客観的に感じ取れるのです。

僕はジャニーズが牛耳る日本の美少年文化を嘆かわしいと思ってるし、ホストクラブのホストなんかに夢中になるおばさんの気持ちはまったく理解できないけど、男装の麗人に憧れる女性の気持ちや、ターキーの魅力はなんとなくわかるような気がするのです。

女性というのは、本物の男性を好きになる前の過程で、女性社会内でレズビアンとまではいかない”S”(シスター)のノリで恋愛疑似体験をするのものだという話を聞いたこともあります。
加えて、わが国は昔から、世界的にも珍しい女性同性愛に寛大な国だったような気がしてなりません。

関西では有名なタレントの浜村淳さん(映画を語れば天下一)が昔(昭和50年代)、自分の番組「サタデーバチョン」で同性愛に悩む女の子からの悩み事相談に「男が男を好きになるのは異常だけど、女が女を好きになるのは異常ではなく、ごく普通のことです」って答えていました。
(浜村さんとしては、自分がホモであると疑われないように、あえて”男同士は異常”発言した可能性もあります、当時その番組を聴いていた僕は「浜村淳のボケ〜!自分に正直になれ〜!」とラジオの前で叫んでました。

僕が中学生だった当時のアイドル雑誌「平凡」「明星」には「ホモ・レズをどう思う?」という質問事項があったのですが、たいていのアイドルは男アイドルも女アイドルも「男同士は気持ち悪い、女同士なら美しいと思う」なんて答えが定番化してました。
たしか、浅丘めぐみチャン(当時)もそう答えてた記憶があるし、男のアイドル城みちるクン(当時)だったか、あいざき進也クンだったかもそう答えてた気がします(まあ、どのアイドルも似たような回答でした)。

昭和25年の「また逢う日まで」(今井正監督)での岡田英次さんと久我美子さんのガラス越しのキスシーンが”日本映画初!”のキスシーンとして話題になる以前に、この「花くらべ〜」では、ターキーと川喜多千鶴さんはしっかり抱擁して唇を合わせます。

これって、ひょっとすると、当時の道徳観では、男女のキスより、女性同士のキスのほうが背徳感が薄かった・・・ていうことでしょうか?
だとすれば、当時の世の中は、女性が女性に恋する事をじゅうぶんに認知してたって解釈も、成り立ちます。

大正初期から世界でも類を見ない女性ばかりの"少女歌劇"が始まり、昭和(戦前)にはしっかり根付いた日本独特の文化。

しかし、だからと言って、女性同性愛者(レズビアン)の人たちが、われわれ男性同性愛者(ホモ)よりも恵まれていたとは言いません。

レズの人にとっては”S”の人(一般女性の中での同性愛ノリ)との境界線が曖昧なだけに、かえってゲイである我々よりも活動を活性化しにくいのが現状のようです。

ところで、この映画を見てると、当時のスタアさんて、ダンスや歌がプロフェッショナルでハイレベルなのにびっくりします。
日本の芸能界って、ひょっとして、あの当時より”退化”してるんじゃないかな?と思えます。
芸のない人でも”アイドル”として通用する時代が来て、タレントさんの芸のレベルはどんどん低くなってしまったような気がしてならないです。

劇中、ターキーや川喜多千鶴さん、暁テル子さん、そしてウェイター役で特別出演の竹山逸郎さんによって歌われる「涙の花くらべ」は、服部さんには珍しい抒情派演歌のような和風味の変な歌(?)ですが、佐伯孝夫さんの詩の魅力とも相まって、とても印象に残ります。

でも、大ヒットしなかったのは(正直言って悪いけど)レコードでの竹山逸朗さんのボーカルが野暮ったすぎて華がないのが原因だと思います(服部富子さんの歌う2番はとてもいいし、二人のデュエットとなる3番もいいのだけど・・・・)。
歌はヘタでもターキー本人でレコード化したほうが”華”があるから、よっぽど大ヒットしたと思うのです。
でも、当時は契約問題がむずかしい時代だからターキーバージョンは実現しなかったのでしょう。(ターキーは歌はヘタだけど、ダンスは素晴らしいし、身のこなしが颯爽としてカッコよく、芸能人として一流の才能と容姿を持ち合わせた人だと思います)。

狸の国の大臣の役で当時の人気コメディアンの杉狂児さんが「ヘイヘイブギ」を替え歌で1コーラス歌い、ラインダンスまで踊ってしまうなど、こんなに歌に溢れた楽しい映画が戦後たったの4年後に作られていたことは驚愕に値します。

なお、ターキーさんは当時、30歳を過ぎて人気も下降ぎみだったのに、この作品によって人気を盛り返したそうです。
舞台でも「花くらべ狸御殿」を上演し、第2次ターキーブームを巻き起こした後は、プロデューサーとして石原裕次郎を発掘するなど、映画界に献身します。
(オマケコメント:ノンクレジット曲の数々)
 この映画には主題歌として「涙の花くらべ」「狸夢(りむ)の街角」「恋のジプシー」の3曲がオープニングタイトルにクレジットされています(「狸夢の街角」はレコード発売時に「リラの街角」と改題)。3曲とも平成14年に発売された2枚組CD「服部良一/東京の屋根の下・僕の音楽人生ビクター編」で聴くことができます。

でも、「恋のジプシー」は映画の中で歌われるシーンはありません、BGMとして狸娘たちが女王さまを迎える飾りつけをしてるシーンのバックに小さく流れるだけです。

暁テル子さんがたくさんのバックダンサーをしたがえて踊るレビューシーンで歌われるのは、翌年「銀座ジャングル」のタイトルで発売される曲です。
おそらく当初は「恋のジプシー」でレビューシーンを撮るつもりだっったと思いますが、ボレロ調の「恋のジプシー」ではビジュアル的に派手な振り付けができず、それに変わる曲を急遽作ったのだと思います。
(タイトルクレジットの3曲は共に作詞は佐伯孝夫さんですが、この曲は作詞も服部さん=作詞ペンネーム村雨まさをさん)。
曲タイトルやレコードリリース予定が決まる前に、あわただしく映画を完成させなくてはいけなかったため、ノンクレジットとなったけど、この「銀座ジャングル」は曲の前半は「恋のジプシー」同様ボレロのリズムなのですが、途中でハットリブギ調に転調するので、アクションがすごく派手で、黒澤明「酔いどれ天使」の挿入歌の笠置シヅ子さん「ジャングルブギ」にも共通する華やかでシュールなナンバーです。
映画では♪こ〜い〜の〜ジャングル〜♪と歌われてる部分がレコードでは♪ぎ〜ん〜ざ〜ジャングル〜♪と歌われています。
なお、この「銀座ジャングル」は平成13年、ビクターから発売された2枚組CD「スイング・ニッポン〜日本のメロディをジャズで」(VICJ60720-1)に収録されています。

また、ターキーが狸夢の国にはじめてやってきて姉御肌のホステス大美輝子さんと踊るシーンのバックで演奏されるのは「浮かれルンバ」という曲で、「エノケンのびっくりしゃっくり時代」の主題歌として笠置シヅ子さんが歌い、「三味線ブギウギ」の市丸さんでレコード発売された(?)曲のようです。
弾むようなリズムの楽しい曲で、復刻が待ち望まれる服部メロディーのひとつです。

(オマケコメント2:
まだある服部タヌキ映画
この映画の前年の昭和23年に同じ木村恵吾&服部良一コンビで「春爛漫狸祭」という映画が発表されているのですが、個人的にとても見たい作品です(過去にレーザーディスク化されてるようです)。
ターキーは出ていないけど、笠置シヅ子さんが出演してて「ヘイヘイブギ」を歌い踊るのレビューシーンがあるらしく、「花くらべ〜」でお姫さま役だった川喜多千鶴さんが男役(タヌキの王子様の役)だそうです。
なんといっても、暁テル子さんと笠置シヅ子さんという2大レビュー歌手の競演は見ごたえありそう。

’07.5.19記

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