懐かし歌謡劇場    あの人この歌 
蘇州夜曲 

李 香蘭(山口淑子)、 渡辺はま子
霧島昇   
昭和15年

作詞:西條八十 作曲:服部良一、
映画「支那の夜」主題歌
俗に”チャイナメロディ”と呼ばれていますが、作曲の服部良一さん自身によると、メロディ自体は中国本来のものではなく、”中国と日本とアメリカのミックス”なんだそうです。
そのあたりの無国籍性が、この曲を普遍的な名曲に高めている秘密かもしれません。
最近も「Jupiter」の平原綾香、ちょっと前なら”チャゲの相棒”飛鳥涼、他にも、おおたか静流、渡辺美里、遊佐未森、EPO、など、時代時代のアーティストによって歌い継がれているエバーグリーンな歌です。
そして、東南アジアや欧米でも”China Baby in My Arms”という名で親しまれているスタンダードナンバーでもあります。

そのオリジナル盤と呼べるレコードは、渡辺はま子と霧島昇のデュエットによって昭和15年に吹きこまれ、戦時下の日本で大ヒットしました。
正確には、1番と3番が渡辺はま子さんの独唱、2番が霧島さんの独唱で歌われてて、二人の声がハモってるところがないから、デュエットとは言わないかもしれませんが(”デュエット”の定義は謎、誰か教えて)。
お二人にとっては大切な”持ち歌”であり、代表曲となりました。

昭和40年代のステレオ時代になってからは、はま子さん、霧島さん、それぞれが単独でフルコーラス再録音しています。
まあ、一般的には「蘇州夜曲」と言えば、渡辺はま子さんの名前を連想する人が多いようですね。 
 
しかし、この歌を語るならば、大切な人を忘れてはいけません。
そうです、当時、”李 香蘭(り こうらん)”と名乗っていた山口淑子(よしこ)さんです。

この歌は、そもそもが”李香蘭”が歌うことを前提として作られた歌なのです。

前年の昭和14年の映画「白蘭の歌」(渡辺邦男監督、長谷川一夫共演)は日本国内で大ヒットし、”李香蘭”山口さんは”歌う中国人スタア”として人気を博しました。

そして、すぐに長谷川一夫さんとの共演による”大陸映画”第2作が企画され、当時すでにヒットしていた渡辺はま子さんの「支那の夜」(西條八十作詞・竹岡信幸作曲、)をそのまま映画のタイトルとし、劇中では李香蘭さんが「支那の夜」を歌うことを想定して映画の制作は進んでいったのです。

しかし、音楽的センスがあった伏見修監督は「支那の夜」だけではなく、新曲として”もうひとつの主題歌”が欲しいと思い、親友の服部良一さんに要請しました。
そして誕生したのが、この「蘇州夜曲」だったのです。

作詞は当時すでに大家だった西條八十(やそ)さんで、昔の歌謡曲ならではの、言葉の美しい、情景豊かな名詩となりました。

甘い恋の歌は禁止されていた当時、西條さんは周囲の耳を気にしながら、この甘美な抒情詩を電話で中国へ出発する服部さんに送ったそうです。

映画「支那の夜」は日本の中国侵略を正当化した”国策映画”のひとつで、テレビ(地上波)で放送されることはないでしょうが、僕は”キネマ倶楽部”という通販会社からビデオを買い、見ることができました。

そのビデオソフトは、タイトルもズバリ「蘇州夜曲」と改題され、戦後リバイバル公開時の短縮・再編集版でした(実際、映画の中でも「支那の夜」よりも「蘇州夜曲」のほうが印象に残るような使われ方をしてます)。

いくら再編集されていても当時の日本人の傲慢さや偽善が消えるわけもなく、恋愛ドラマとしてもいまひとつだったけど、山口さんが「蘇州夜曲」を歌うシーンだけは、まるで夢のように甘く美しかったのです。

なぜ、昭和15年当時、李香蘭さん本人でレコードが出なかったのでしょう?

それは当時の音楽出版のあり方、レコード会社のしくみが今とちがってたからです。
当時は歌手だけでなく、作曲家もレコード会社の専属性だったので、映画やステージでは自由に歌える曲でも、いざレコードの録音・発売となると事情が違ってくるのです。

山口さんは、あの有名な昭和16年2月の”日劇七回り半事件”の時のリサイタルでも「蘇州夜曲」」も歌っています。
山口さんの自伝「”李香蘭”を生きて-私の履歴書」(日本経済新聞社)で、その日劇公演「歌ふ李香蘭」の新聞広告が掲載されており、演奏曲目として「蘇州夜曲」の名を確認できます。)

当時テイチク所属だった李香蘭(山口)さんはコロムビア所属の服部良一さんの曲をレコードとして世に出すことはできず、レコードではコロムビア所属の渡辺はま子さんと霧島昇さんが起用されたのでした。
山口さんにとっては不運だけど、渡辺さんと霧島さんにとっては大ラッキーです!

これと同じことは、前作「白蘭の歌」でもすでに起こっていました。
山口さんが映画の中で歌った同名主題歌「白蘭の歌」は伊藤久男さんと二葉あき子さんによって、挿入歌「いとしあの星」(こちらのほうが人気あったそうな)は渡辺はま子さんによってレコード化され、映画で歌った山口さん本人は2曲ともレコードにすることが出来なかったのです。

映画もレコードも李香蘭(山口)さん本人によって主題歌が吹き込まれるのは”大陸三部作”の第3作「熱砂の誓い」でやっと実現します。
それは古賀政男さん作曲による「紅い睡蓮」で、皮肉なことに、李香蘭(山口)さん”本人が歌うレコード”としての初ヒット曲となります。

もし「蘇州夜曲」も「いとしあの星」も最初から山口さんでレコードが吹き込まれてたら、山口さんの歌手としてのキャリアは全然違ったものになったでしょう。

山口さんは昭和18年の音楽映画「私の鶯(うぐいす)」では、レコード会社も移籍して服部さんの曲も自身の声でレコードにできるようになったというのに、今度は映画そのものがボツってしまい、一般公開されぬままフィルム自体も行方不明となってしまいます(40年後に不完全ながらフィルムは発見され、ビデオ化もされましたが人々の目にふれる機会が少ないのは残念)。

このように、歌手としての山口さんは不運つづきです。
山口さんは本来、女優である以前に”歌手”なのですが・・・その事を語ると長くなるので山口さんの経歴はまた別の機会にやりたいと思います)。

昭和28年、映画「抱擁」(マキノ雅弘監督、三船敏郎共演)の主題歌「黒い百合」(岩谷時子作詞、芥川也寸志作曲)のカップリング曲として、やっと山口淑子さん本人による「蘇州夜曲」はレコードになります。。

「黒い百合」同様、「蘇州夜曲」も”映画「抱擁」主題歌”と、CDのライナーノーツに記載されてますが、スカパー・CS放送でこの映画のノーカット版を見たところ、主題歌「黒い百合」以外では、「暗い日曜日」という曲が歌われるだけで「蘇州夜曲」を歌うシーンはありませんでした。

でも、13年経ったとは言え、ちゃんと山口さん本人による「蘇州夜曲」のレコードが世に出たこと自体は喜ばしいことです。

ただ、この昭和28年の”本人バージョン”、ちょっと残念なのは、1番と3番のみで2番が歌われないてない事と、1番の歌詞の中の「鳥の歌」の部分が「恋の歌」と変えて歌われていることです。
レコーディングディレクターのとっさの判断だった(?)のかもしれませんが、この歌の魅力である美しい情景が少し失われています。

この昭和28年の山口淑子バージョンと、昭和15年の渡辺&霧島バージョンとをではどちらが魅力的か?と、誰もがくらべたくなるでしょう。

大衆性があり、甘ったるいムードの渡辺・霧島バージョンのほうが好きな人が当然多いでしょうし、少数派ながら格調高くクラシカルな山口バージョンが好きな人もいると思います。

でも、この曲の決定版は昭和15年の李香蘭時代に山口さんが映画の中で歌ったものだと思います。
しかし、残念ながら、なかなか映画の中の「蘇州夜曲」を聴く機会はありません。

この映画の中の”李香蘭”さんによる「蘇州夜曲」は、レコードになった15年の渡辺・霧島バージョン、28年の”本人”バージョンのどちらよりもテンポがゆったりして、演奏も静かで抒情性に満ちています。
この素晴らしい歌声をできるだけたくさんの人と共有したい!と思います。

中国の人にとって国辱的な映画である「支那の夜」(改題「蘇州夜曲」)のDVD化は希望しないけど、、山口さんが歌うシーンだけは、後の世に残してほしいです。

山口さんが映画の中で歌うシーンばかりを集めた「歌う李香蘭・山口淑子」というような、DVDをだれか企画・発売してくれないでしょうか?権利問題でむずかしいとは思いますが・・・。

著作権のむずかしい時代の歌なのに、カヴァーバージョンがたくさん出てるのは、この歌のファンにとっては幸せです。
みなさんも、まずは自分の好きな歌手の歌う「蘇州夜曲」から入ってみるのもいいかと思います。

美空ひばりさんも昭和30年代にレコーディングしてるし、エキゾチックサウンドの大家のマーティン・デニーのインストゥルメンタルのレコードもあると聞きます。

異色のカヴァーとしては、ボサノヴァ風にアレンジされたnanan(ナナン=日本の音楽シーンを底でささえる一流ミュージシャンによって結成されたセッションバンド)のもので、チャイナムードをあえて廃したことで逆にメロディそのもののアジアっぽさが出てます(ヴォーカルは元ハイファイセットの山本潤子さんで、優しげな声もいい感じ)。

その他、どれだけのカヴァーバージョンが存在するのか、把握できてません。

香港映画「宋家の三姉妹」(’97年、メイベル・チャン監督)でも、挿入歌として白虹という女性歌手の歌う中国語の「蘇州夜曲」が使われていました。
白虹さんの歌う蘇州夜曲の入ったCDはたぶん今も買えます、一例としては、
「夜上海精選(三)」(7243 8 27459 21 百代 EMI) →東芝EMIから発売された日本語のライナーノーツ付き

お奨めカヴァーバージョンとしては和歌山県生まれの中国人歌手、胡美芳さんがおそらく昭和40年代に吹き込んだと思われるステレオ録音盤です。
胡美芳さんの「蘇州夜曲」は1番3番は日本語、2番が中国語で歌われたもので、テンポがゆったりしており、山口淑子さんが李香蘭として映画の中で歌ったものに近いです。
僕はこの胡美芳版を「夜来香」とカップリングされたシングルで買いましたが、たぶん胡美芳さんのベスト盤CDに収録されていると思います。

余談だけど、10年ちょっと前、ユニークな音楽活動をしてる女優、戸川純さんが雑誌のインタビューで、
”好きなアーティスト="李香蘭”、”好きなアルバム="李香蘭ベスト”
と答えていたのを思いだしました。

その後、戸川純さんのゲルニカ時代を集大成した3枚組アルバム「GUERNICA IN MEMORIA FUTURI」に「蘇州夜曲」が収録されていることがわかりました、アレンジは昭和28年版の山口淑子さんバージョンがほぼ忠実に再現されています。
(なお、ゲルニカのオリジナルアルバムには未収録)。
また、戸川さんがパンクバンド「MOST」の山本久土さんと組んだユニット「東口トルエンズ」のライブDVDでも「蘇州夜曲」を歌っているそうです。
(2007.8.25追記)

映画「シナの夜」(リバイバル時改題「蘇州夜曲」)より

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