懐かシネマ劇場第7回 
ノンちゃん雲に乗る
倉田文人監督   新東宝映画 昭和30年 白黒作品
石井桃子原作「ノンちゃん雲に乗る」より
出演:鰐淵晴子、原節子、藤田進、徳川夢声


石井桃子原作の児童文学を映画化したこの作品は文部省選定作品で、、情操教育の一環として各地の小学校の体育館や講堂で上映されたので、団塊世代と、その前後の世代の人にとっては懐かしく思う人も多いでしょう。

僕自身は講堂や体育館ではなく、高校生の時にテレビ放映されたのを見たのですが、当時、すでに妖艶な美女となっていた鰐淵晴子さんが、昔はこんなに可愛らしい子供だったということにまず驚きました。、

それと、怪獣映画やウルトラセブンの長官としておなじみだった藤田進さんが、昔はこんなに”いい顔”だったことにもビックリしました。

時を経て、社会人になって、ビデオで再見した時に、この映画の良さをしみじみと感じました。
この映画は子供向けではあるけれど、大人になってからでないとわからないような深い意味がこめられてるのに気づいたからです。

それは雲の上の仙人のようなおじいちゃん(徳川夢声さん)の言葉によく表れてます。

甘えっ子だけど、クラスの級長に選ばれたりする優等生タイプのノンちゃん。
自分では良かれと思って本当のことを先生に言っても、ガキ大将の長吉には、それが自分への”悪口”と聞こえるってことまでノンちゃんは気づかない。
当然、ノンちゃんと長吉は勉強が出来る”良い子”と落ちこぼれの”やんちゃ坊主”という関係で仲が悪いのです。
ノンちゃんに対しては意地悪でイジメっ子な長吉にも、子供らしい悩みがあり、おとうさんにしかられて、落ち込んでるところを仙人のおじいさんに呼び寄せられ、ノンちゃんと雲の上で対面します。

優等生タイプで、大人から”良い子”と見られる子供が陥りやすい人生の落とし穴を、仙人のおじいさんはノンちゃんに「シャクシジョウギはいかんよ」と、それとなく諭すのです。

また、ノンちゃんに対して、えらそうに兄貴風を吹かせてるおにいちゃんのタケシも、いざという時はノンちゃんを助けにインデァンごっこの子供たちを追っ払ってくれる妹思いな兄であることも描かれてます。
また、タケシは家族の中で誰よりも犬のエスと仲良しでもあり、元来は優しい性格であることがわかります。

ノンちゃん、長吉、タケシという3人の子供はそれぞれがタイプはちがうけど、大人が描く”理想の子供”ではなく、それなりに欠点と長所を持ち合わせた普通の子供、子供らしい子供として描かれてます。
やんちゃなおにいちゃんとして描かれてるタケシも、今の眼で見ると、あきれるほど純情で素直です。

藤田進さん演じるおとうさんが、危険な”飛び出し”遊びをして、トラック運転手(若い頃の名古屋章さん)を困らせてるタケシを叱るシーン、とても説得力のある叱り方です。

たぶん石井桃子さんの原作からそうだと思われるのですが、この映画は子供のためだけでなく、子供を持つおとうさん、おかあさんへ向けて作られた作品でもあります。

大人に対して、仙人のおじいさんの言葉にある”しゃくしじょうぎ”で子供を計ってはいけないってことと、藤田進おとうさんのように、しっかりと筋道をたてて叱れば、子供は反省し、成長するんだってメッセージが託されているからです。

そして、自分に正直に生きるってことの大切さも、この映画は教えています。
それは、仙人のおじいさんがノンちゃんを下界へ帰すにあたり”試験”を果たすところに現われています。
正直すぎるノンちゃんに対し「お前、わしに何かひとつでもいいから嘘を言ってごらん”嘘も方便”と言ってな、人生には必要な時もあるのじゃ」と言う仙人のおじいさん。

果たしてノンちゃんは、おじいさんに嘘を言うことができるでしょうか???
その答えはここでは伏せておきます、映画をぜひ、見てくださいね。

本来、その子が持ってる個性は尊重されなければならない・・・・こう言っちゃえばネタバレかな?。

この映画は変に物分りの良い子は描かずに、子供って本来は自己中心的なものだという観点で、子供の心を追ってます。

特に、信じてたおかあさん(原節子さん)にまで裏切られたと思ったノンちゃんの悲しみは相当に胸にせまってきて、かつて自分の子供時代にも大人に約束を破られた時の悲しさがよみがえるほどです。
いろんな思考回路で自分を納得させる術を身に付けた大人とちがい、ノンちゃんのような子供は、たとえクラスの級長でも、ただただ悲しい時は一途に悲しいのです。
ノンちゃんの派手な泣きっぷりが身につまされます。

ところで、この映画のポスターはノンちゃん(鰐淵晴子さん)ではなく、中心に原節子さんの笑顔が大きくコラージュされてます。

資料によると、この作品は原節子さんの1年5ヶ月ぶりの復帰作ということで話題になったらしいです。。
当時まだ、トップスタアだった日本映画最大のヒロイン、原節子さんの魅力とは、いったいなんだったのでしょう?
僕は、育ちの良さを感じさせる、おおらかな雰囲気と”色気”があることだと思います。
もちろん、”色気”って言ったって、性的な意味でなく、われわれ男性同性愛者から見ても、たぶん女性から見ても感じられるような立ち振る舞いの上品さからくる”色気”です。

この映画では、たまたま理想のおかあさんを演じてるので、原さんが大女優なのは男性にとっての”よく出来た”理想の女性像だと勝手に解釈してました。

しかし、その後、数々の原節子作品を見てゆくうちに、わがままだったり、博打好きだったり、家事ができないダメ主婦だったりする”できた人でない”場合のほうが、より可愛らしく、上品な朗らかさで輝いている事がわかったのです。

原節子さんの女優としての魅力はまた別の機会に語るとして、やはり、日本映画の誇り、世界のスーパースターだと思います。

そして、忘れてはならないのは、やはり”理想のおとうさん”を演じてる藤田進さんです。
藤田さんこそはわれわれが求める理想に最も近い俳優と言えるでしょう。
ただ、残念なことに、活躍した時期があまりにも昔なので、若い世代の人には魅力的だったころの藤田さんの映画を見る機会が少なすぎることです。

当時の藤田さんは、まだ中年前期という感じで、「姿三四郎」を演じた青年期の甘さとふくよかさが少し残ってます。

「地球防衛軍」(’57)「モスラ対ゴジラ」(’64)などの特撮ものでは役柄上、硬い印象だけど、本来は気さくで人懐っこい人物を得意とした人で、この「ノンちゃん」の直前も、若い女性と不倫の恋に落ちるメロドラマ「雪崩」や、姿三四郎の流れをくむ「銀座三四郎」、田崎潤さんと柔道対決する「東尋坊の鬼」などのアクションもの主演作があり、まだ人気スタアと言えた最後の時期ではなかったかと思えます。

ノンちゃん以降から、藤田さんは脇役に廻ることが多くなり、主演作としては58年(昭和33年)の「江戸川乱歩の蜘蛛男」(なんと藤田さんが明智小五郎役※註)が最後だったのではないかと思います(資料が少ないので推測ですが)。
  

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この映画は池に落ちたノンちゃんの臨死体験をファンタジーとして描いてますが、まだ見たことない人は”ファンタジー映画”として過度の期待をしてはいけません。
あくまで子供の目を通してみたホームドラマ、ファミリー映画として、テレビのなかった時代(映画は昭和30年だけど、原作は昭和22年)のほのぼのとした雰囲気を楽しんでください。これこそリアル「ALWAYS三丁目の夕日」です。
  2006.7.18改訂  
※註:その後の調査で、藤田さんは昭和24年の「一寸法師」で明智小五郎をすでに演じていた事が判明。
ちなみに昭和30年の「一寸法師」では二本柳寛さんが明智小五郎に相当する別名探偵を演じてました。

   
 
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