懐かし歌謡劇場・アルバム編    僕の愛聴盤 
松任谷由実「悲しいほどお天気」
1979(昭和54年)12月

シングル曲が1曲も入ってないアルバムで、ジャケットもオシャレな前作「OLIVE」(’79年7月)などと比べ、茶色が基調の地味なアルバムと思ったら、コンサートで定番の人気曲「DESTINY」が入ってるし、ハイファイセットが(大川さんボーカルで)カヴァーした軽やかなナンバー「緑の町に舞い降りて」(盛岡の“御当地ソング”)も入ってます。

 リズミカルなこの2曲、それに「影になって」と「78」がアルバム全体のアクセントとなって、全体の流れがスムーズ、構成的にも聴きやすいアルバムとなっています。

ファンに人気の“隠れ名曲”の多いアルバムで、人によっては”松任谷”姓になってからの最高傑作とさえ言う人がいます。

僕にとっても、「ジャコビニ彗星の日」と「気ままな朝帰り」はすべてのユーミンの曲のなかでもベスト10に入る“お気に入り”なのです。

タイトル曲「悲しいほどお天気」や「丘の上の光」、「水平線にグレナディン」「さまよいの果て波は寄せる」を好きな曲にあげる人も多いようです。

「ジャコビニ彗星の日」は私小説的な、秋の肌寒い空気感が伝わってくるようなリアルな情景描写と、主人公の心象風景が素晴らしいです。

若き日のユーミン自身がモデルであろう主人公はまだ学生で、付き合ってる男の子から疎遠になってきてるけど、そんな淋しい思いを抱きながらも、だんだんとその状況にも慣れつつある微妙な心理状態が歌われています。
少女から大人へと成長する年頃、だんだんと現実は甘くないってことを自覚していく過程が、ある意味で冷静、かつ感傷的に表現されてます。

特に、子供の頃に親に連れられて川原で見た花火を思い出して“夢はつかのま”だと自分に言い聞かせる・・・なんてところはオトナになることの淋しさや、未来は必ずしも明るくないことを暗示していて、自分の人生と重ねてしまいます。

結局は姿を見せなかったジャコビニ彗星群、恋のはかなさを若くして予感してる主人公・・・本当はこの主人公よりはるかに悲惨な学生時代を過ごしてきた僕だけど、自分を投影できるリアリティーが感じられるのです

「気ままな朝帰り」は(僕の解釈では)自分の運命を変えてしまうほどの“本理想”が現われた時の心の震えを歌った曲です。

キスしながらも心の中は冷静に門限の時間を気にしてるような“遊び”の恋、そんな薄い“恋愛ごっこ”を繰り返してた女の子が、クリスマスパーティーの夜に“本理想の男”に出会ってしまって、本当の恋がもたらす情熱から、あとさき考えない行動力を発揮して家を飛び出してしまう話です。

“運命のいたずら”と歌われている“本当の恋”は世界をひっくり返してしまうほどの衝撃で主人公の心を突き動かし、世の中の価値観をも変えてしまうのです。

しかし結局、彼女はその恋に破れて、ひとりぼっちでにぎわう通りを歩く・・・・・と、最終的には大失恋ソングで、悲しい歌であるはずなのに、なぜだか不思議に心地よい後味を感じる歌です。
それは、結果的に彼女に“自由”をもたらせたからでしょう。
大恋愛=大失恋が主人公の生き方を変えた、そこが救いとなってることが、この歌の重要ポイントです。
歌は最後に「きびしい父親のいる実家での生活がなんとなく懐かしい・・・」と、歌っているのだけど、僕ならどんなに淋しくても親と一緒に住むのは嫌です。
ハッピーエンドではないけど、なんとなく主人公に共鳴し、”あとさき考えずに行動する”ことの勇気”を後押ししてくれるような気がして、やはり数あるユーミンソングの中でも特別に心の琴線に触れる歌です。

ユーミンの“松任谷”姓のアルバムでは、他にも、暗くて地味な(松任谷姓になって最初の)アルバム「紅雀(べにすずめ)」(’78年3月)も好きだし、メリハリの利いた聴きやすい「流線型80」(’78年11月)も好き。
地味だけどいいムードがある「パールピアス」('826月)や、ハデで高揚感のある「リ・インカーネーション」(’83年2月)も好きなのですが・・・。

実を言うと、曲単位では「紅雀」に収録されてる「九月には帰らない」が、僕にとってのユーミンのベストソングなのです。
この「九月〜」は、感傷的な風景の中に、失意から立ち直る決意のようなものが抽象的に歌われており、不思議な癒し効果がある曲です。
それに歌がヘタと言われてるユーミンの歌唱も「海を見ていた午後」に匹敵する素晴らしさすが、アルバム全体として「紅雀」はちょっと地味すぎます。

やっぱりアルバムとして総合的に見た場合、「紅雀」よりこの「悲しいほどお天気」のほうが聴きやすいと思います
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